……あれは、私が九つ、弟が六つの頃でした。
その日私たちは友人たちと近くの神社の裏の森で隠れ鬼をしておったのです。

大人たちからは森には神様がおるから入っちゃならんと口酸っぱく言われておりましたが、ならんと言われればやりたくなるのが子供の性でありましょう。

実際それまでも幾度か森で遊んでおりましたが、一度も危ない目にはあった事はありませんでした。


……ええ、ええ、あの日までは本当に一度も無かったのです。


あの日は、私が鬼でした。
友人を一人見つけ、二人見つけ、少しずつ森の奥へ進んでいきました。
すると、突然遠くの方から弟の叫ぶ声がしたのです。
今まで聞いた事もない、正に絶叫と言う様な声でありました。
私は友人たちと顔を見合わせ、すわ獣でも現れたかと声の方へ走り……そして、見たのです。


それは、初めて見る生き物でした。
白いたてがみに、白い鱗。
引きずるような長い体を鳥のような四つ足で支える様は絵巻で見た竜のようでありましたが、顔はまるで人のようで……しかし、大きく裂けたような口と爛々とした眼は人と呼ぶにはあまりにも不気味でした……。


その生き物は足元にあるものに顔を押し付け、食らっているようでした。
先程悲鳴を上げていた筈の、私の、弟でした。
既にこときれたのか、弟は声も上げず、食われる衝撃で時々跳ねるだけの肉でした……。
私に出来たのは、気付かれぬよう息を殺してその場から逃げ帰ることだけでありました……。

……………。


今も。
今も忘れられないのです。
あれに食われて、千切れた弟の顔が、今でも、夢に、夢に出て、そんな筈が無いのに、私を見て、あんにゃ(兄さん)、あんにゃ、なして助けてくんねかったと、今でも、私、私は(以降、聞き取り不可)

 

 

 


(ヤトノカミ遭遇者への聞き取り調査より抜粋)


(補足1、遭遇者の出身地はヤトノカミを神として祀っていた)
(補足2、遭遇者はヤトノカミ遭遇以降心神喪失状態であった)
(補足3、遭遇者はこの聞き取り調査後、単身で森へ入り消息不明となっている)