ユィンヤンドのとある街、そこに20人程度の悪ガキ上がりの集団がいた。
その集団はとある青年を中心に回っていて、なにか悪さをする度に、周りの住民たちから「またアイツらだよ」と言われるような集まり。
ただ仲間内の結束のようなものは強かった。『仲間ひとりのために全員が立ち上がる』そんな一体感があった。
そんな事、誰も口に出すことは無かったけれど。

誰ともなくたむろって、馬鹿な遊びをして騒いだ。なんの生産性もないけれど、腐れ縁の仲間たちと毎日楽しく過ごしていた。
仲間にはゴン族が多くみうけられた気がする。しかし、中心にいた青年はユィン族だった。
青年は明るく、ゴン族であっても他の種族であっても物怖じすること無く、良い意味で精神が図太かった。

悪ガキあがりだけあって、仲間内は男が大半だったが、その中に混じってカ族とゴン族のハーフ(のような見た目)の女がいた。
仮に彼女と呼ぼう。彼女は勝気で腕っぷしも男に負けてない。女だというのに仲間に交じって馬鹿をやり、大笑いするようなそんな女だった。

ある時、ユィン族の旅医者が街にやってきた。
辺鄙な場所には医療が足りていない、だから医者の方が回って、必要なものには治療をし、薬や知恵を置いていく。そんな旅医者だった。
風邪をひいた者や体の痛みを訴える者など、旅医者を頼る者は次から次へと現れた。

若い者の集まりである集団は、不調を訴える者も少ない。
皆、来訪した旅医者と顔を合わせることも無く、『彼の治療が誰の不調を治した』
『そうでなくても薬がもらえる、ありがたい話だ』等という話が耳に入る程度だった。
旅医者が滞在する最後の晩、これまでの処置への礼として、囁かな宴が開かれるという話も、仲間内の誰かが言っていた。

宴が終わった……その晩遅くに、なんの前触れもなく、大きな嵐がやってきた。
そして、その街を直撃した。皆がこれまでに経験したことのない嵐にもまれ、轟音を聞きながら朝を迎えた。
朝になった街は悲惨な状態だった。家屋は崩れ、家畜小屋は見る影もなかった。
もちろん住民たちも無事ではなかった。家具の下敷きになった者、空高く飛ばされ叩きつけられた者。
どうにか助け出された住民達は、皆、例外なく旅医者の元へ運ばれた。彼以外に治療を施せる人などいなかった。
彼もまたそれに応え、肩に包帯を巻いて、治療にあたった。

青年はどうにか無事だった。頭から血を流しながら、動ける仲間をかき集め、住民を助け出すべく、必死で瓦礫を退かした。
彼女が医者の所から持ってきてくれた包帯をぶんどり、粗雑に頭に巻いたあと、彼はまた瓦礫と向き合った。


結論から言うのであれば、この嵐によって街に大きな被害が出た。
家を失った者と肉親を失った者、友を亡くした者、誰かがどれかにあてはまっていた。
旅医者の滞在はもう3週間も延びていた。
その頃には、治療を受けるべき住民には治療が行われ、弔うべき者はすべて出尽くし、その葬儀が終わろうとしていた。
街の長は、旅医者に厚く御礼を言い。僅かながらの蓄えを、次の路にむかうだろう旅医者に差し出した。
旅医者は黙って首を降った。
「これから街を建て直す為には金が必要だろう。受け取れない。」という。
その場にいた住民たちは驚き、皆が旅医者を見た。そこに、あの仲間たち、青年、彼女の姿もあった。

青年は、すぐ前にいた彼女にだけ聞こえるように、呟いた。
「支えてやりたいんだろ、いいじゃん行けよ」
「お前がそうしたいんだろ」
青年は慣れた手つきで頭に包帯を巻き直しながら彼女を見た。
自分達が瓦礫と向き合い、崩れた残骸の片付けに追われる最中、体力的にもついていけなくなった彼女が、
旅医者の手伝いをするようになっていたのは、少し前から知っていた。
彼女が青年に抱きつこうとしたのと、仲間が医者に駆け寄っていったのはほぼ同時だった。

包帯を巻き終えた青年は、近づく彼女の顔を手で掴んで押し止めた。
跳ね返った勢いを顔と首だけで受け止め、情けない声が彼女からあがったが、文句はとんでこなかった。その代わりに
「あいつ、自分も怪我して、金もいらない、だけど命を助けたいって…本当に馬鹿だよなぁ」と、彼女はか細い声でそう言った。
「それが医者の本分なんだろ」
その場で考えた適当なことを青年は言った。手のひらにすっぽり収まる彼女の顔はとても小さいように思えた。
「だよなぁ」
「……」
「こっからめちゃくちゃ大変なのに…」
「ごめんな」
彼女はそういって下手くそに笑った。…ように見えた。
だって、彼女の顔は青年の手で覆われているのだから。

少し離れた場所で、鼻水と涙をおしげもなく流した仲間たちに、もみくちゃにされている医者が見えた。
困ったように笑っているが、本当に嫌だと思ってはいないように感じた。
これが仲間達にとっての感謝だと、甘んじて受け入れてくれているのがわかった。
「良い奴だな」
と思った。

彼女はその後、旅医者と一緒に街を出ていった。
仲間は別れに泣いたが、青年はただ微笑んで、旅医者と彼女を見送った。
やることは山積みで、そんなさなかの、ひとつの門出に、涙や未練などくれてやる必要等ないのだから。

それから住民たち、そして仲間たちと力を合わせ、1年かけて復興を果たした。
その節目で、青年もまた街を離れた。
たくさんの仲間達と住民たちに見送られて。

さぁ、これからどこに向かおうか。

illust:GB