登場人物

 

 

「隣、いいかい?」

黒い衣装を纏ったその男は、口元に笑みを浮かべていた。
どうぞと私が応えると、男は隣の椅子に腰を下ろす。

「誰でもいいから話を聞いてもらいたくてさ。なに、大したことじゃないんだけどさ~、そういう気分になることってない?」

正直、私は独りで退屈していた所だったので、男の話を聞くことにした。
男は話し始める。

「ここからずっと下に行った所にあるグランタヒキドゥーシュという遺跡に、カタンラヴァンって種族がいてね──」


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そいつは地上に夢を見ていた。
煌めく太陽や美しい自然に憧れながら日々を過ごしていた。
ほかの連中はそんなこと考えない。
仄暗いこの地で一生を終えることに疑問すら感じない。
外部の情報は厳重に管理され、それを得られるのは選ばれた神官だけだった。
そいつはよく、深部に忍び込んでは資料を読み漁った。
何とかして外に出るための力を手に入れようと研究を重ねた。
そんな時、深部でひとりの少女を見かけた。
神官しか居ないはずの深部で、彼女は1冊の本を読んでいた。
思い切って話し掛けてみようか。
しかし見つかったらまずいな。
どうしようかと考えているうちに、彼女が声を掛けてきていた。

「何をしているの?」

彼女は本を閉じると、そいつのそばに近寄ってきた。
そいつにはその彼女の顔が、少しばかり嬉しそうに見えた。
しかし、そんなことを思っている余裕はない。
見つかった。
その気持ちの方が強かったそいつは、逃げるようにその場をあとにした。

その後も誰にも言わずにずっとそいつを探していたのだろうか、懲りずに現れたそいつを見つけても人を呼ぶわけでもなく話を聞きたがった。

二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。
ただ、そいつがどれだけ聞いても彼女は深部にいる理由を言わなかった。

「いつか一緒に外に出よう」

ふと口をついて出たであろうそいつの言葉に、彼女はほんの少しだけ目を丸くしたが、すぐににこりと笑い嬉しそうにうんと応えた。
そいつの表情は希望に満ちていた。

そんな頃だった。
そいつは偶然、神官たちが彼女について話している所を聞いてしまった。

「あと数ヶ月の命だというのに見たかあの明るさ。可哀想に、おかしくなってしまったかな。」
「やめとけ、憐れむな。」

意味が分からなかった。そいつはすぐに彼女に問いただすと、彼女は残念そうにその理由を述べた。

「塔は贄を求めるの。」

塔というのは遺跡の中央に鎮座する巨大なヴィータの塔、テオスガルトルムのことだ。
彼女の話では、塔に住まう始祖達がカタンラヴァンの安寧秩序を約束する代わりに数十年に一人生贄を捧げることになっているとの事だった。
それを知っているのは神官たちと生贄のみ。

その事を知ったそいつは酷く憤り、彼女を助けるために今まで以上に外へ出るという気持ちを強くした。

期限は3ヶ月後。彼女の14歳の誕生日。

だが、思うようには行かなかった。
どれだけ研究を重ねても、努力は身を結ばない。

3ヶ月はあっという間に過ぎた。

諦めきれなかった。

そいつは彼女の誕生日、神官たちの隙をついて深部から二人で逃げ出した。
先の事など何も考えてはいなかったが、そうする他なかった。
けれど考えなしで上手くいくはずもなく、すぐに二人は捕えられ、彼女は塔へと運ばれた。
それでもそいつは諦めなかった。
拘束を解くと塔へ向かう彼女の手を



取ることは叶わなかった。



目の前に異形が現れ、彼女を塔の中へと引き込んだ。
そいつは彼女の助けを乞う叫びだけが響く中、異形により呪いをかけられた。
頭の中をまさぐられるような感覚、内臓が揺すられ、全てを吐き出してしまいそうになった。
最後に目に映った彼女の悲痛な表情だけが、頭に残された。


気がつくと、親代わりが沈痛な面持ちでこちらを見ていた。
聞けば遺跡の外れで倒れていたという。
そこで改めて助けられなかったことを理解させられた。


数日は何も手につかなかった。
黒く変色した指先とヌクメマァ石を見つめては、憎しみだけを募らせた。

それからしばらく経ったある日、そいつ宛てに手紙が届いた。
もう居ないはずの彼女からだった。
詳しい内容は省こう。
短い間にあった楽しかった思い出や、不安なこれからのこと、それでも幸せだった。
そして、
運命に縛られず、自由に生きて欲しい。
と記されていた。

そいつは全てを諦めていたが、もう一度だけ足掻いてみることにした。

自らの血中に魔法陣を組み、身体の構成を変化させ、盗んだ未完成のリムタスハハムと自身を融合させた。

時間はかかったがそれは成功し、地上でも生きられる肉体を手に入れた。

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「太陽は眩しかったよ。」

男はそれが自らのことのように言った。

「聞いてくれてありがとね。」

「あんたは、一体……」

「俺か?俺は──」



"John Doe"



そう聞こえた気がしたが、ここから先の私の記憶はない。